睡眠歯科センター
構成員
- 猪子芳美(総合診療科・教授)センター長
- 鈴木渚子(外科・臨床検査技師)
- 大越章吾(内科・教授)
- 大竹雅広(外科・教授)
- 佐藤雄一郎(耳鼻咽喉科・教授)
- 五十嵐文雄(耳鼻咽喉科・特任教授)
- 廣野 玄(内科・准教授)
- 大橋 誠(歯科麻酔・全身管理科・教授)
- 薄井成子(口腔外科・助教)
- 高田正典(在宅ケア新潟クリニック・講師)
- 佐々木善彦(放射線科・講師)
睡眠歯科センターのご案内
平成12年以来、いびき診療センターとして診療してまいりましたが、新外来への移転に伴い、平成23年4月より睡眠歯科センターと改称いたしました。「睡眠歯科」とはDental Sleep Medicineの和訳で、睡眠医学で歯科に特化した診療や研究を行う分野です。引き続き(社)日本睡眠学会認定医療機関として、いびき症や睡眠時無呼吸症候群はもとより、歯ぎしり症(ブラキシズム)などの睡眠関連運動障害、口腔乾燥症などの歯科疾患に起因した睡眠障害、さらに誤嚥性肺炎につながる睡眠中の誤吸引(aspiration)の予防を目的とした口腔気道ケアについても診療します。
終夜睡眠ポリグラフ検査(PSG)につきましては、2009年より米国睡眠学会(AASM)の提唱する新しい診断基準を導入しております。この診断基準は北米など睡眠医学の先進国ではすでに義務付けられており、国際的な研究会や雑誌に論文を発表するには必須となっております。これにより患者の病態を過大に評価することがなくなり、口腔咽頭手術や口腔装置などの治療効果が正当に評価されるようになりました。当センターに終夜睡眠ポリグラフ検査をご依頼いただく際には、診断目的に応じて、新しい診断基準がいいか古い診断基準(1999年の診断基準)がいいか、ご希望を添えてお申込みいただきますようお願い申し上げます。
また治療につきましては、nCPAPと口腔装置(マウスピース)との併用療法(THE LUNG perspective vol.18 No.3 2010)を医科部門の協力のもとで行っており、治療継続率など国内でトップの成果をあげております。もちろん他院で管理されているnCPAP も、管理医と協力して口腔装置併用療法を行いますので、nCPAP治療の継続に難渋している症例などは早めに介入させていただけると幸いに存じます。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気
歯科病院トップページ「トッピクス&コラム」より転載
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気(1)
「いびき症 三兄弟」〜「怖い」長男、「危険」な次男、三男は「身近」〜
いびき症とは、いびきをかく病気の総称です。一番軽いのは「単純いびき症」で無呼吸も睡眠障害もないもの、次は「上気道抵抗症候群」といって無呼吸はな いけど睡眠障害があるもの、最も重症な「睡眠時無呼吸症候群」は無呼吸も睡眠障害もあるものです。睡眠時無呼吸症候群が世の話題になった頃は、死につなが る「怖い病気」と言われました。睡眠ポリグラフによる脳波の診断が進歩してくると、眠気の強い「危険な病気」、そして最近は、誰もがなりうる「身近な病 気」と考えられるようになってきました。 それを受けて日本睡眠学会の認定施設では、眠気やいびきの音にも積極的に治療を行うようになりました。当然、軽 症なうちに、合併症が起きないうちに、治療を行うと、治療費も少なくてすみ治療の結果も確実です。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気(2)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
先週書きました通り、長男の「睡眠時無呼吸症候群」、次男の「上気道抵抗症候群」、三男の「単純いびき症」の三兄弟の発病する原因は共通しております。 今回は、その原因について説明します。この図(下)は、無呼吸(窒息ともいいます)で息が詰まった状態を示します。この状態になれば、鼻からも口からも息 が入りません。詰まっているところ、それは鼻でものどでもありません。口の奥、舌と軟口蓋(俗にのどちんこ)が重なった部分で詰まるのです。舌が奥に下 がった隙間にのどちんこが吸い込まれて無呼吸が起こるのです。のどちんこは上顎から垂れ下がり、舌は下顎から垂れ下がっていてますので、上顎の位置が後ろ に下がるほど、下顎の位置が後ろに下がるほど、無呼吸が起こりやすくなるのです。顎の位置や形は生まれつきのもの(家族で遺伝します)ですので、これが第 一番目の原因になるのです。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気 (3)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
先週に引き続き、いびき症の原因について解説します。先回は顎の位置や形を説明しました。今回は顎の大きさと舌とのバランスの説明です。顎が小さい人 (図の右)は舌の大きさが正常でも気道が狭窄して発病します。一方、顎が正常でも舌が大きい人(図の左)も気道が狭窄して発病します。
さて、焼き肉屋さんで「たん(舌のことです)」を観察してみて下さい。特に美味しい舌の付け根の芯たんという部分は、赤身の肉(筋肉)の隙間に脂肪が たっぷり着いています。この内臓脂肪が舌を大きく肥大させ、肥大した舌は前方へはみ出して二重顎、後方へはみ出して気道狭窄を引き起こします。幸いなこと に、ダイエットの効果がでやすいのは内臓脂肪ですので、スリムな舌を目指してダイエットしましょう。体重減少の目安は、その人の顎の大きさや形によって異 なります
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気 (4)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
さて、顎の大きさや形はどのように診断するのでしょう。それは、横顔のレントゲンで顔面軸という名称の角度を測定して診断しているのです。この角度は、 日本人の平均が86度です。それよりも小さいと顎が後ろに下がっていびきをかきやすい体質になります。そして、80度より小さい場合は遺伝する可能性があ ります。一方、米国人の顔面軸は90度と日本人よりも大きく、そのおかげで米国人は多少太ってもいびきをかきません。日本人の中でも、縄文時代の日本人は 顔面軸が大きかったと想像されております。その後に弥生人が渡来してきて、顔面軸が小さい現代の日本人が形成されました。面白いことに、現代日本人でも縄 文系に近い人と弥生系に近い人がいて、同程度の無呼吸症なら縄文系の患者は肥満が強く、弥生系の患者では肥満が軽いことが知られております。皆さんの顔面 軸を計測してどちらの系統に近いか診断できれば、その骨格での限界の体重、すなわちいびき症が発病する体重を予測できるのです。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気 (5)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
今週は体格指数(BMI)と先週説明した顔面軸(Fx)を使っていびき症の重症度を予測する方法を説明します。BMIは大きいほど、Fxは小さいほど、 無呼吸症が悪化しますので、、BMIをFxで除した値を指標にします。この指標と無呼吸指数との関係を示したグラフでは、この指標が0.24で睡眠時無呼 吸症候群が発病して、0.30でシーパップが必要なほど重症になることがわかります。実はFxの値は一生変わりません。したがって、あらかじめレントゲン でFxを計測しておけば、どのくらいの身長では何Kgの体重で無呼吸症が発病するかわかります。お相撲さんのように体重を増やすスポーツとか、出産のため に体重が増える妊婦さんとか、無呼吸症が発病する限界の体重がわかれば便利じゃないですか?さらに無呼吸を治すための減量の目安もグラフから読み取れます。
センターではすべての患者さんのFxを測定してますので、興味のある方は担当医におたずねください。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気 (6)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
いよいよ第三の原因、「低位舌」の解説です。低位舌とは舌が上顎の粘膜(口蓋といいます)から離れて舌足らずの状態です。上顎が狭くて舌が届かないと か、舌下のすじが短いとかの構造的な原因と口呼吸や喫煙などによる機能的な原因があります。まずは、ご自分の様子を観察してみて下さい。口を閉じた状態で 舌が上顎に張り付いていますか?もし張り付いてなければ、あなたは低位舌です。次に、嚥下(ごくんと唾を飲む)して張り付くかどうかみてください。それで も張り付かなければ構造的な原因で、手術の適応があるかもしれません。嚥下して張り付くなら機能的な原因で、「舌のトレーニング( 舌トレ )」をお薦めします。この低位舌は、肥満で肥大した舌と同じように、気道を狭くして無呼吸症を悪化させる原因になります。図のように、その影響は肥満者ほど受けやすい傾向があることが当センターの研究でわかりました。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気 (7)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
今週からは、特殊な原因を説明します。まずは下顎の関節、顎関節です。顎関節は耳の前あたりにある左右一対の関節で、口の開け閉めで動きます。耳の前の皮膚から動きを触れることができます。この関節には顎が下がらないようにするつっかい棒の役目があり、さらに特殊な動き(滑走運動)で口を開けても気道がふさがらないようにする役目もありま す。関節リウマチは体中の関節が侵される病気ですが、この病気が顎関節に及ぶと写真のように顎関節が潰れて、気道が狭窄してしまい、いびき症や睡眠時無呼 吸症候群を発病します。かつて関節リウマチ専門の瀬波温泉病院(現県立リウマチセンター)で調査をしました。顎関節が侵されると、まずは気道が狭窄してい びき症と閉塞性睡眠時無呼吸症候群が発症し、その後に頸椎が後彎すると気道が一時的に拡大(症状が軽くなる)、さらに時間が経つと、頸椎の環軸関節が脱臼 して軸椎が頭蓋内の延髄を圧迫し中枢性睡眠時無呼吸症候群と様変わりしていきます。そしてある日突然、心肺停止となるのです。一つの病気で、これだけ多様 な無呼吸を見せる病気は関節リウマチ以外にありません。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気 (8)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
先々週、関節リウマチが原因の特殊な睡眠時無呼吸症候群について解説しましたが、今回はその治療法について説明します。
一般的な無呼吸症の治療法は、開発された順に第一世代、第二世代、第三世代と呼ばれております。第一世代はバイパス、すなわち気道が狭窄している部分 (以下、狭窄部)を避けて呼吸路を確保する方法、第二世代は狭窄部を切除したり圧迫したりして呼吸路を確保する方法、そして第三世代は狭窄部を拡大する方 法です。代表的な治療法のシーパップは第二世代、マウスピースは第三世代に属します。
関節リウマチで顎の関節が侵されますと、口が開いたまま閉じなくなります(開咬)。すると、鼻からシーパップを使って風を流しても口から洩れるだけで す。また顎の関節が関節リウマチで固くなって動かなくなりますから(強直)、マウスピースを使うことはできません。とりあえず、第一世代の気管切開で危険 を回避して、最後には写真のような人工顎関節を入れることになります。この人工顎関節は、睡眠歯科センター長が他医療機関在籍中に開発し、何人もの患者に 手術を行いました。現在は、関節リウマチの薬物治療が発達しましたので、ここまで悪化することはなくなりました。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気 (9)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
いびきが生じる部分の気道(呼吸の通路)は、前面は上部は軟口蓋(のどちんこ)と上顎、下部は舌と下顎、左右の側面は弛んだ粘膜、そして、後面は頸椎 (首の骨)に囲まれております。今週は、後面を形成する頸椎に焦点をあてます。頸椎は7つの椎骨が積み重なっており、その後方には脊髄という神経、さらに後ろには後頭部や項(うなじ) や背中にまたがる筋肉群があります。頸椎は普通は前方に弓状にしなって体重の8分の1に達する頭の重さを支えるのですが、その前方へのしなりが失われる と、後方の脊髄が圧迫されて腕や肩や頚の痛みやしびれ、さらに後の筋肉群が過剰に伸ばされて肩こりが生じます。整形外科では、真っすぐになった頸椎をスト レートネックという病名で呼んでおります。睡眠時無呼吸症候群の患者にはストレートネックやさらに悪化した頸椎後彎(後ろに凸に曲がる)の人が半数以上お ります。その原因は横向き寝です。特に堅い敷布団と低い枕の組み合わせが最悪です。頸椎の中には脳に流れる椎骨動脈が通っており、頸椎が折れ曲がることによって血流が遮断されたり、血管の壁がかい離したりして、頭痛や回転性のめまい、脳梗塞、脳出血、クモ膜下出血を起こすことがあります。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気 (10)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
今週はのどちんこ(口蓋垂と軟口蓋)の話です。かつて某テレビ局で、担当ディレクターさんから「のどちんこは先生が言ってくださいね」と念を押されたの ですが、若い女性アナウンサーさんとのやり取りで、とうとうそのアナウンサーさんが言うはめになってしまいました。彼女の「話が違う」という眼の訴えがあ りましたが、流れ上、しかたがありません。本当にお気の毒な事をしました。
そこで、気軽にのどちんこの話ができるように、正式な医学用語を教えます。「のどちんこ」は「口蓋垂(こうがいすい)」といい、上顎の後端から垂れ下が る軟口蓋の先端の部分です。軟口蓋は口と鼻を境するドアなので、間口より長くなくては、食べた物が鼻に回ってしまいます。グラフは生後から18才までのド ア(軟口蓋の長さ)と間口(咽頭深度)の関係です。成長と共に間口が広くなりドアも長くなることがわかります。注目していただきたいのは、ドアと間口が一 致しているのではなくて、ドアがやや長い点です。この余分な長さを軟口蓋過剰量といいます。軟口蓋過剰量は通常は10ミリ弱なのですが、いびき症や睡眠時 無呼吸症候群では20ミリや30ミリの方はたくさんいらっしゃいます。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気 (11)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
今週は口蓋垂(のどちんこ)の続きです。かつて法医学の先生から、ある御遺体の死因を調べるために、生前に睡眠時無呼吸症候群であったか調べて欲しいと 依頼がありました。睡眠時無呼吸症候群を治療しないで放置すると、無呼吸による陰圧で軟口蓋が経時的に長くなることはわかっていました。しかし、軟口蓋自 体が体の成長と伴に変化してしまいますので診断の基準にはなりません。そこで思い付いたのが軟口蓋過剰量です。先月号で説明したように、軟口蓋過剰量は常 に一定の長さですので、診断の基準にうってつけです。復習しますと、軟口蓋長(ドアの長さ)と咽頭深度(間口)の差が軟口蓋過剰量です。その平均値は正常 者で8㎜(標準偏差4㎜)、無呼吸症患者で17㎜(標準偏差5㎜)です。そして、無呼吸を放置すると、年に1㎜ずつ過剰量が伸びることがわかりました。す なわち、軟口蓋過剰量から8㎜を減じた値が睡眠時無呼吸症候群に罹患していた年数となります。軟口蓋過剰量が50㎜の人は42年前から睡眠時無呼吸症候群 だと推定されるのです。10㎜ならばわずか2年ですが、20㎜ならば12年、30㎜では22年の罹患年数ということです。
さてそれで、法医学の先生のご要望に応じることができたでしょうか、ご遺体ではセファログラムが撮れませんので、結果は残念ながら・・。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気 (12)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
口蓋垂(のどちんこ)はいびきや無呼吸によって気道に吸い込まれて、次第に伸びます。そして、伸びた口蓋垂がなおさらいびきや無呼吸を引き起こすのです。それゆえ、口蓋垂の手術を受けても、口蓋垂が原因でなければ治りません。
という私も、第三世代の治療が開発されるまではたくさんの手術を手掛け、平成10年10月にはNHK総合テレビの「クローズアップ現代」で、レーザーに よる口蓋垂手術を日本で初めて紹介しました。この放送の視聴率は同番組の年間視聴率ランキングで第二位だったそうで、大きな反響がありました。この手術 は、写真のように弛んだ口蓋垂(右)をすっきりと短縮した口蓋垂(左)にするものなのですが、あたかも「那須の与一がゆれる小舟から扇を射落とす」ほど難 しく、後輩に奥義を教えるのに苦労しました。
そのうちに、第三世代の治療法が主流となって、この手術を受ける人は減じました。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気 (13)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
今回は軟口蓋のカモメについて解説しましょう。
軟口蓋の下面(口側の面)には飛行機の翼のように軟口蓋の上面と下面の気流の差で揚力が発生します。発生した揚力は軟口蓋を押し上げ気道を狭くする、これが、軟口蓋が原因となるいびきの発生メカニズムです。軟口蓋の揚力は、翼の上下面の長さに差が大きいほど、すなわち軟口蓋断面のカーブ が強いほど、大きくなります。そして、飛行機が着陸する際にフラップを延ばして揚力を増すように、軟口蓋が長いほど揚力が大きくなります。
さて、睡眠中に口から「プフゥ、プフゥ」と息を吐く人、このような人の軟口蓋は「カモメが飛んだ」状態(写真)、専門的にはセイルエフェクト(帆効果) と言い、いびきをかき始める前兆です。鼻からの吸気が通っても、呼気は鼻に抜けないで口に洩れる状態です。鼻に呼気が回らないことで鼻が詰まりやすくなっ たり、口呼吸をしなければならなくなったりすると、いよいよ睡眠時無呼吸症候群に近づくことになります。
セイルエフェクトの原因は軟口蓋の弛んで伸びた粘膜ですので、レーザーの手術で切除が可能です。口呼吸が始まる前に切ってしまえば効果もいいし、無呼吸症候群の予防にもつながります。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気 (14)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
口蓋垂(のどちんこ)から軟口蓋へと話は進んで、今月は軟口蓋が付着している上顎に注目します。上顎、すなわち上あごのことです。顔の構造は、一階が口、二階が鼻、三階が眼です。上顎は一階と二階の間の天井に相当します。
日本の花、「桜」は花が咲いてから葉が出ますが、「山桜」だけは葉が花より先です。葉(歯)が花(鼻)より先ということで、上顎前突(出っ歯)のことを山桜ということもあるそうです。
さて、上顎前突(出っ歯)や下顎前突(受け口)は何を基準に診断するのでしょう。歯列矯正を行う場合は顔の表面を観て上顎と下顎の凸凹で診断するのです が、睡眠歯科では咽頭の凸凹(さしずめ裏顔?)を基準に診断します。矯正の先生が下顎前突(下顎が出ている)と診断しても睡眠歯科では上顎後退(上顎が下 がっている)と診断することもあります。右写真は下顎前突に見えますが実は上顎が後退、左写真は上顎前突に見えますが実は下顎後退です。異常な部位を間違 えて治療すると、医原性の睡眠呼吸障害を来たします。歯の矯正治療を受ける時には必ず「裏顔」の診断を受けることをお薦めします。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気 (15)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
今週は顔面骨格を改善する手術について説明しましょう。
米国のスタンフォード大学にはレム睡眠を発見したデメント教授や睡眠時無呼吸症候群を発見したギレミノー教授が在籍されていて、世界的な睡眠医学のメッ カと言われております。近頃、このスタンフォード大学が力を入れ始めたのは上下顎前方移動手術(MMA)と言う顔面骨格に対する治療です。この手術を行う ためだけに、同大附属病院とは別に新たな手術専門病院を作ったくらいです。
この手術の歴史は古く、写真はその一例で、手術後の写真に金属のプレートやネジが残っているのが判ると思います。 なんでまた、世界の睡眠医学をリード するスタンフォード大学がこの手術に注目しているのか、それはこの手術が唯一の根本的治療法だからです。 それともう一つ、睡眠時無呼吸症候群を発症させ ずに未然に防ぐためのヒントが隠されているからなのです。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気 (16)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
先週に引き続いて、世界の睡眠医学をリードするスタンフォード大学の狙いについて説明しましょう。
私が日本歯科大学新潟病院に赴任して間もない頃(2000年前半)、サンフランシスコで開催された学会のついでにスタンフォード大学に立ち寄りました。 一通りの見学をしていると、かのクリスチャン・ギレミノー教授(睡眠時無呼吸症候群の発見者)が私に声をかけてくれました。
「君は日本から来たのかね、睡眠時無呼吸症候群の予防は上顎拡大手術にかかっている。上顎の拡大手術でリスクの高い小児を予防するんだ。(もちろん英語でしたが)」
上顎拡大手術とは、上顎の正中を奥から手前まで粘膜下で一直線に切って、口腔に装着するネジ付き拡大装置で、切り口に骨が伸びるのに合わせて上顎を左右方向に拡大する治療法です。
しかし、日本の貧しい健康保険ではそんな治療法を行うことも、そして予防医療を行うことすらも許されておりませんので、帰国しても無頓着でした。しか し、最近の各方面の研究で、ギレミノー教授の言う通り、上顎拡大術の対象となる小さい上顎は、鼻づまりや低位舌になりやすく睡眠時無呼吸症候群の原因であ ることがわかりました。
残念なことは、わが国自慢の国民皆保険は、例え高額な保険料を払っていても予防には使えません。疾患の予防は自己負担で、というのが厚生労働省の考えです。
予防できれば医療費も少なくて済むのに、残念。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気 (17)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
今週のテーマは口腔乾燥症、すなわちドライマウスです。歯科部門にはドライマウスの専門外来(口のかわき治療外来)があり、必要があって既に診察をお受けの方も多いと思います。
ドライマウスの典型は下右写真のように舌の粘膜が乾いて深い溝ができます。 症状は痛み、ざらつき感、乾燥感、ネバネバ感、咀嚼嚥下異常、飲水切望感、 味覚異常が認められます。また、カークネスによって口の乾きは睡眠時無呼吸症候群を悪化させることが証明されております(下図)。
原因は薬物による副作用が多いのですが、中にはシェ--グレンといった膠原病が原因のこともあります。
私たちの調査では、鼻閉と生体リズム(体内時計)の後退も一因でした。生体リズムで体が夜と認識している時間(深部体温下降期)には唾液の分泌量は低下 し、それに伴って口腔や咽頭の粘膜は乾燥してしまいます。鼻閉については鼻閉があるから口呼吸となって口が乾くといった単純な因果関係ではなく、口が乾く 現象と同じく鼻粘膜も乾く結果、鼻閉が生じる可能性もあります。そのため、鼻粘膜用の保湿剤(ハナクリーン)も開発されております。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気 (18)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
今週は子どもの睡眠時無呼吸症候群を取り上げます。
小児に発症する睡眠時無呼吸症候群は、出生時、特に未熟児で生まれた場合に問題になります。下顎の成長は上顎よりも遅いので、生まれた直後には下顎は小 さくて、後退しております。およそ1年くらいで成長が追いつきますが、それまでの間は気道が細く、無呼吸や窒息をおこしやすい状態が続きます。有名な乳幼 児突然死症候群の原因にもなります。これに対しては辛抱強く下顎の成長を待つしかありませんが、もし生命の危険がある場合は気管内挿管(呼吸の管を入れ る)か気管切開をすることになります。
次の原因は5歳くらいでピークに達する咽頭口蓋扁桃肥大です。これには手術が適応になります。ただ、手術に伴う危険が大きい場合は、小学校の高学年まで 待たなければならないことがあります。通常は、治療しないで待ちますが、生命の危険がある場合は気管内挿管や気管切開もあります。成人用のシーパップやマ ウスピースは顎の成長を妨げるため小児には使えません。
さて治療しないで観察していると、肥満・低身長、夜尿、漏斗胸、アデノイド顔(将来の睡眠呼吸障害の原因になります)、行動面では注意欠陥多動性障害や 学習障害が現れることがあります。これらの障害の強さによっては、手術を早めたり、犠牲を覚悟でシーパップやマウスピースを使うことになります。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気 (19)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
レム睡眠行動障害と歯ぎしり
-寝言と歯ぎしりの意外な関係-
昨年の日本睡眠学会のシンポジウムでは歯ぎしりのセッションを担当しましたので、今週は歯ぎしりとレム睡眠行動障害の関連についてお話します。無呼吸とは関係ないと思うかもしれませんが、歯ぎしりもレム睡眠行動障害も身近な病気ですので、ちょっとお付き合いください。
歯ぎしりは「子どもの時分にあってもどうせ大人になれば消えるもの」と信じている人も多いと思います。それは、今まで研究してきた歯科医らがカリカリ音が出るものだけを歯ぎしりと考えたからです。歯ぎしりには食いしばりや歯がゆるんで音が出ないものもあります。
実は、睡眠中に歯ぎしりが起こること自体が問題で、音が出ないから、歯がなくなったから治療しなくていいという訳にはいきません。そこで問題になるの は、レム睡眠行動障害という病気です。レム睡眠では夢を観ますが、全身が金縛りで動けない状態になりますので、夢を観て寝言を言ったり体を動かしたりする ことはできません。しかし、できない筈ができてしまうのが、このレム睡眠行動障害なのです。そして、もしかしたら、歯ぎしりがこの病気の前駆症状かもしれ ないのです。
この二つの病気の関連を明らかにするのが今度のシンポジウムでの私たちの使命です。レム睡眠行動障害は脳自体の病気で、発症して10年以内に50%の 患者がレビ--小体型認知症、パーキンソン病、多系統萎縮症という恐ろしい病気を引き起こします。まだ予防法はありませんが、歯ぎしりの研究から新たな事実 が見つかればいいと思っております。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気 (20)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
今週は引き続き、レム睡眠行動障害と歯ぎしりがテーマです。この二つの病気について論文を渉猟しておりましたところ、1994年の「歯ぎしりはレム睡眠 行動障害の初期病変である」という論文にたどり着きました。書いたのは日本の睡眠学者、それも睡眠学会でよく見かける方です。残念ながら彼女の説はそこで 途絶しましたが、18年後の今年(2012年現在)、学会のシンポジウムで披露して彼女の業績を讃えたいと思います。
シンポジウムの準備を進めていると、歯ぎしりは様々な病気と関連する複雑な症候群であり、精神科、神経内科、歯科、心理学者など多くの分野の学者が研究 してきたことがわかりました。しかし、研究者によって病気の定義や診断法がまちまちで、分野の違う専門家がそれぞれ勝手なことを主張し、簡単には収拾がつ くものではありません。ぐっすりーぷの読者にこんな愚痴をこぼしても仕方ありませんが、とにかく収拾を図るためには科学的な診断技術を持つ睡眠学者が乗り 出さなければならないことを痛感しました。
さて、一口に歯ぎしりと言っても様々な病態があり、中にはレム睡眠行動障害のような重大な疾患の前触れのこともあります。私たちはまず、従前のあいまい な分類を排して、睡眠ポリグラフを用いた新しい診断法による新しい分類法を考えました。これに従って診断を行えば、危険な歯ぎしりを見逃すことはなくなる と期待しております。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気 (21)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
口腔気道ケア
口腔ケアという言葉をお聞きになる機会が多いと思います。口腔ケアとは、口の中を清潔にして肺炎(専門的には誤嚥性肺炎といいます)を予防しようとする 試みです。脳血管障害やがんの手術で口の機能が障害されると、口の汚物が唾液と伴に喉頭から肺に流れ込む。流れ込む汚物を遮断すれば肺炎になりにくいだろ うと始まりました。
さて私が新潟大学に在職していた頃、毎日毎日、口腔がんの手術を行っておりました。がんは残さずに切除しなければ再発や転移につながります。そのため、 舌や顎や頬を大きく切除するのですが、それによって呼吸や嚥下などの機能が障害され、手術後は誤嚥との戦いの日々となります。入院中ですから、毎日、徹底 的に口腔ケアを行いますが、決まって一週間後には肺に影(肺炎の兆候)が現れます。あれだけ口腔ケアをしていたのにと落胆です。そこで、看護記録から吸痰 回数を調べ、いつ誤嚥したのか調査しました。その結果はなんと、術後の痛みも和らいでやっと熟睡できた夜、その翌朝から吸痰回数が増加し肺に影が現れたの でした。
そうです、ここに睡眠との関連がありました。
すなわち、誰もが経験する睡眠中のムセは誤嚥の兆候なのです。そして、睡眠時無呼吸症候群のように口部気道に障害があると誤嚥の量は正常者の百倍にも増 加することが海外の研究でわかっております。この経験から、誤嚥性肺炎の予防は口腔ケアだけでは不十分で、睡眠中の口部気道の積極的な管理(口腔気道ケ ア)が必要という結論にいたりました。今や、この口腔気道ケアは睡眠歯科センターの仕事のひとつになりつつあります。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気 (22)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
オーバーラップ症候群
-長く続くせきとタン、息切れ-
不覚にも若い頃の10年間、毎日20本のタバコを吸ってしまいました。小生の喫煙指数(ブリンクマン指数)は二百に達し、その後は数十年間の禁煙をしてますが数値は減りません。喫煙の罪は一生背負っていかなければならないのです。
喫煙指数とは一日に吸う本数と吸い続けた年数を乗じたもので、この数値が四百を超えると肺がんの危険が増してくると言われております。また、タバコを吸 う人の15%がなるといわれる慢性閉塞性肺疾患(COPD)は喫煙指数が七百以上で重篤になるそうです。上気道を閉塞する睡眠時無呼吸症候群に慢性閉塞性 肺疾患(COPD)のような肺の中で起こる閉塞が重なった場合をオーバーラップ症候群といい、致死率が極端に高くなります。その原因の一つは、呼気力が弱 くなってシーパップが使えなくなってしまうからです。マウスピースが代用できるまで治療が進んでいればいいのですが、シーパップ以外の治療法がない場合は 大変です。場合によっては気管切開(のどに穴をあける)をしなければならないこともあります。
タバコを吸っている人、吸っていたことがある人は喫煙指数を計算しましょう。
せきとタンが続いている人、息切れがある人、シーパップの圧が強く感じる人、呼吸機能検査で呼出障害を指摘されている人、一日も早く禁煙しましょう。
禁煙がなかなかできないという人、眠気覚ましに吸っていませんか?シーパップやマウスピースでしっかり寝て眠気を解消すれば、禁煙も楽になります。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気 (23)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
睡 眠 随 伴 症
-パラソムニア、夢遊病、レム睡眠行動障害-
最近、歯ぎしりに関連するレム睡眠行動障害について述べました。このレム睡眠行動障害と同じ睡眠随伴症に分類される夢遊病は少々様子が異なります。レム 睡眠行動障害はレム睡眠中の夢によって引き起こされる行動であるため、車の運転とか精緻なことはできないのです。一方、夢遊病は・・・。「カナダ人のケネ ス・パークは、1987年の5月に妻の実家に向って25キロを車で走った。その後、義理の母を殺して義理の父に瀕死の重傷を負わせたが、夢遊病が原因とい う事で罪を免れた。」レム睡眠行動障害は夢のなかに車が出てきても、その場になければ運転はできないし、ましてや道に沿ってハンドルを動かしたり、赤信号 で止まることはできません。しかし、夢遊病は覚醒が不完全であったり、ノンレム睡眠状態からの部分的な脳の覚醒があり、この一部覚醒した脳が、車の運転を 可能にします。脳の一部に覚醒があるから罪に問えるかどうかという判断は司法からの依頼により睡眠学者が行うことになります。
レム睡眠下でも、すなわち夢のなかでも犯し得る単純な傷害事件は、レム睡眠行動障害でも報告されています。中には、抗鬱剤の服用でレム睡眠行動障害類似 の異常行動を起こすことがあります。抗鬱剤は浅いノンレム睡眠中に眼球運動を起こしたり、覚醒時や睡眠時に筋肉の痙攣とか異常運動とかを起こすことがあ り、もしかしたら、様々な行動異常と関連があるかもしれません。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気 (24)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
カタスレニア
-睡眠中のうなり、うめき声-
カタスレニアはギリシャ語のカタ=ようなもの、スレニア=うめき、すなわち睡眠中にうめき声を発する病気です。これもまた睡眠時随伴症のひとつです。
普通のいびきは吸気時にかきます。往復いびきのひともいますが、呼気時だけのひとはいません。 カタスレニアは呼気時だけ、いびきのようなうめき声(唸 り声)をあげます。入眠して一時間半から三時間くらいして、2から20秒ほどのうめき声が数十分の間隔で繰り返し起きます。いびきや無呼吸ほど睡眠障害が ないため自覚するひとは稀で、ほとんどは家族の訴えで病気の存在を知ります。
この病気の原因はわかっておりませんが、周囲の迷惑以外の害はないと考えられております。しかしながら、てんかん、いびき無呼吸、喉頭喘鳴(多系統萎縮 症)、寝言や行動異常(レム睡眠行動障害)と鑑別をしなければなりませんので、睡眠ポリグラフによる確定診断が必要です。
実際に、カタスレニアに睡眠時無呼吸症候群が合併しているひとも多く、まずは睡眠時無呼吸症候群の治療(マウスピース)を行なって、治療状態での睡眠ポ リグラフでカタスレニアが消失したかどうか、レム睡眠行動障害が顕在化して来ないかなどを調べておく必要があります。実際に、シーパップやマウスピースだ けでカタスレニアが消失する症例報告もあり、このことが、カタスレニアは睡眠呼吸障害の亜型であるという考えの証左になっております。もちろん反論もあ り、いまだに決着はついてません。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気 (25)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
守れ 子どもの睡眠 (1)
子どもがスヤスヤ眠る姿は実に愛らしいものです。でも、睡眠関連疾患に冒されたらどうでしょう。いびきや無呼吸、夜驚、歯ぎしり、寝言、夢遊病、てんかん発作などによって可愛い寝姿が一転してしまいます。
まずはいびき無呼吸。およそ一歳くらいまでは乳幼児突然死症候群として幼い命を脅かし、その後二次障害として、低身長で肥満、漏斗胸(胸に凹み)、アデ ノイド顔貌(間延びした顔、いつも口を開け、高くて狭い口蓋、低位舌)といった醜形の原因、注意拡散多動性障害(ADHD)や学習障害(LD)といった行 動異常の原因になります。
この時期の治療は耳鼻科でのアデノイドや扁桃の手術に頼るしかありません。手術の時期を逸すると、二次障害が現れてしまいますので、遅くとも小学校の中 学年までには手術をしてもらうのがいいと思われます。さもないと、形成外科で漏斗胸の手術(胸を切って胸骨を前後ひっくり返すラビッチ変法など)や口腔外 科でアデノイド顔貌の手術(上顎と下顎を切離して、位置を変えて再固定する上下顎移動術など)といった大きな手術が必要となってしまします。
アデノイドや扁桃の手術は早ければ早いほどいいのですが、若年ほど術後管理が難しく、術後合併症の危険が増します。また、中には手術をしなくても自然消 退する場合もありますので、できるだけ成長を待ってから手術を行うこともあります。その場合は、低身長肥満、漏斗胸、アデノイド顔貌、学校での異常行動な どの観察を怠れません。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気 (26)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
守れ 子どもの睡眠 (2)
「守れ、子どもの睡眠」の第二弾は子どもに多い睡眠随伴症です。特に錯乱性覚醒や睡眠時遊行症や睡眠時驚愕症といった覚醒障害は小児では日常高頻度に遭遇します。それ以外にも、レム睡眠行動障害、歯ぎしり症や睡眠時遺尿症(夜尿症)なども問題です。
まずは錯乱性覚醒ですが、睡眠からの覚醒途中や覚醒後に絶叫して暴れたり泣き叫んだりする行動異常で、徘徊や恐怖は伴いません。深い眠り(徐波睡眠)か ら無理に覚醒させたりすると起こりやすく、なだめようとするとさらに興奮します。有病率は小学生で17%程度ですが、中学生以上で自然治癒の傾向があります。
次に睡眠時遊行症ですが、入眠してから3時間までくらいに、起きだして、明かりに向かって歩くとか、窓やドアに向かって歩き、そのまま外に出てしまうこ ともあります。また、ゴミ箱に放尿するなどの不適切な行動も多く見られます。この誘因は、特に睡眠時無呼吸症候群による断眠が有力ですが、その他にも、発 熱、旅行、不慣れな環境での睡眠、ストレス、膀胱の膨張、騒音、光などによる断眠も誘因となります。
睡眠時驚愕症とは、睡眠中に突然、叫び声、悲鳴、強い自律神経症状(頻脈、呼吸促迫、皮膚紅潮、発汗、瞳孔拡大)と手足のつっぱりを生じる疾患です。誘 因は睡眠時遊行症と同じですが、このようなエピソードが一晩に何回も起きるようですと、てんかんの可能性がありますので、その鑑別を目的に睡眠脳波検査を 行う必要があります。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気 (27)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
守れ 子どもの睡眠 (3)
「守れ、子どもの睡眠」の第三弾です。レム睡眠行動障害では通常レム時に抑えられるはずの筋活動が抑制されず患者は夢と同じ内容の複雑な行動を起こしま す。ただ小児は、成人に比べてレム睡眠に夢を見る事は少なく、10歳前後にならないと成人のようにはなりません。代わりに小児では、レム睡眠行動障害のよ うな行動の異常ではなくて、夢にうなされる状態の悪夢(ナイトメア)が多く認められます。この悪夢ですが、小児においても統合失調症の頻度が高いこと、性 的虐待癖や心的外傷後ストレス障害の指標になりうることが考えられております。
歯ぎしりも小児にはよく見受けられます。ある歯科医が歯ぎしりの有病率を調査したところ、小児期は14~17%、10歳代や若年性人では12%、若年~ 中年では8%、高齢者では3%でありました。一般的には、このように加齢にともなって有病率が減少するということは、致死率の高い疾患に見られることで す。どう考えても歯ぎしりで致死率が高いとは思えません。これはひとえに、歯ぎしりは歯の音が出る疾患であるという固定観念により、このような調査結果を 招いてしまったのです。歯が抜け歯周病で歯が緩んだりすれば音源がなくなるわけですから歯ぎしり音は出なくなります。でも、音がなくなったからといって歯 ぎしりという異常運動がなくなったわけではありませんし、これがレム睡眠行動障害の症状かもしれないのです。歯ぎしりでも診断には睡眠脳波検査は必要であ ることをご理解ください。
睡眠時無呼吸症候群をとりまく病気 (28)
原因は「顎の骨格」「肥満」、それと「低位舌」
守れ 子どもの睡眠 (4)
「守れ 子どもの睡眠」の最後のテーマです。先日の講演会でも多くの方が興味をお持ちでした体内時計(生体リズム)について説明します。私たち動物は脳 の視交叉上核に中央体内時計があり、すべての臓器を構成する全ての細胞にある末梢体内時計をその支配下に置いております。これについては過去に説明しまし たので、少し踏み込んだ位相反応に注目しましょう。
体内時計は一日よりも長い約25時間の周期を持っております。自然界の一日は24時間ですので、地球上で規則正しく生きて行くには、毎日1時間ずつ体内 時計を早めなければなりません。どうやって、体内時計を調節するのでしょう。あなたの体のどこかに体内時計の針を動かすリューズが付いていますか、そんな ものはないですよね。実は体内時計の針を動かすには、眼から入る光刺激で体内時計の時を刻む速さが変化するという性質を使うのです。早さばかりでなく、体 内時計が変化する方向(前進するか遅れるかという方向)や量も光刺激を受ける時刻によって変化します。それを簡単に示したのが、位相反応曲線です。図のよ うに、体温が最低になる午前4時が体内時計の基準時刻になり、この時刻よりも前に光刺激を受けると体内時計は遅れ、この時刻よりも後に光刺激を受けると体 内時計は前進するという現象をあらわします。恒常的に夜中に光刺激を受ける人の体内時計は遅れて、位相の基準時刻が後退します。もし、体内時計が6時間遅 れて基準時刻が10時になったら、起床してから10時までに受ける光刺激でも体内時計はさらに遅れることになります。そしていつの間にか、体内時計の昼夜 が逆転して正常な昼間の生活が送れなくなってしまいます。深夜のテレビ、PC、携帯電話の画面による光刺激がきっかけで取り返しのつかないことになるのです。
子どもの睡眠シリーズの最後のメッセージは、
「守れ 子どもの体内時計」です。深夜、夜半や未明の光公害こそ体内時計の敵なのです。