展示品ギャラリー
麻疹養生子孫心得鏡
「疱瘡(天然痘)は見目定め、麻疹(はしか)は命定め」とも言われた麻疹は、命にかかわる病気でおよそ20~30年の周期で大流行した。
江戸時代には有効な対症療法がなかったため、浮世絵を病い除けにしたという。
幕末の文久2年(1862)、26年ぶりに大流行した時に多くの「麻疹絵」が刊行された。
「麻疹流行の年暦」「麻疹難症の妙薬」とともに「食してよろしきもの」「食して悪しきもの」と各食材名を書き出している。
この麻疹養生子孫心得鏡(はしかようじょうしそんこころえかがみ)冒頭の詞書は、「天に不時の風雨あり人に不慮の病あり時宜にしたがひ療せずんばゆへならず、時に文久二戌年八月下旬より世上一般に麻疹流行し六月半ばより江戸中大ひにおこなはれ、いかなる家々にも三□人あるいひは家内ことごとく病もありて数日の間めいめいその産業をいとなむ事ならざるものも多く一人として恐れざることもなし、往古(むかし)より時々流行するやまひなりといへともども此度の如くなるはなし、依て後世子孫心得のため病中食物の善悪または咒符(まじない)などの事をもしるして一紙の便覧とす、世人これを以て子孫に伝へん」